Masukラウネで行う最後の本格的な聞き取りの日、ミオが共同会館の面談室へ入ると、エレナはすでに席についていた。昨日までと違ったのは、彼女の前に一枚の紙が置かれていたことだった。文字がびっしり書かれているわけではない。むしろ余白のほうが多く、中央にいくつかの短い言葉と、その横に丸や線が書き込まれている。ミオが向かいへ座ると、エレナは少し気まずそうにその紙を押さえた。「昨夜、思い出せることを書き出してみました。ただ、先に申し上げておきますが、これは三年前の記録ではありません。あくまで昨夜、今の私が記憶を整理するために書いたものです」「その区別が分かっていれば大丈夫です。見せてもらっても?」「はい」差し出された紙の中央には、三つの言葉があった。『一人では偏る』『火と卓』『二人目は後でよい』その下には、エレナ自身の字で大きくこう書かれている。『順番と正確な言い回しに
翌朝、ミオはいつもより少し早く目を覚ました。昨夜、机の上へ置いたままにしていた便箋には、『リリア・ウェストンさんへ。』という宛名だけが残っている。その下には一文字も書かれておらず、横には何度も読み返したせいで折り目の柔らかくなったリリアの手紙が置かれていた。一晩眠れば、もう少し穏やかな気持ちになれるかもしれないと思っていた。けれど、朝になっても「あなたが追放されたとき、私は少し安心していました」という一文を思い出せば腹が立つし、その一方で、リリアが何度もミオと比べられ、自分の価値まで他人の名前で測られていたことを想像すると、かわいそうだとも思う。そして何より厄介なのは、自分にも似たような感情があったことを、もう思い出してしまったことだった。リリアが召喚された直後、白い炎を見た夜。誰もが彼女を見て「これこそ本物の聖女だ」と騒ぎ始めた頃。ミオはほんの一瞬ではあるが、「この子が来なければ」と思った。あのときの自分は、リリアの名前すらろくに知らなかった。彼女が望んで召喚されたわけではないことも、突然知らない世界へ放り込まれたことも、何も考えていなかった。ただ、自分から何かを奪っていく存在に見えた。
『私は、あなたが嫌いでした。少なくとも、そうなりかけた時期がありました。』朝食の席でその一文を読んだ瞬間、ミオは手を止めた。目の前には焼きたてのパンと薄い卵料理、それからラウネでよく食べられている豆のスープが並んでいる。少し前までは、カエルが「このパンは王都のものより香りが強い」と言い、ザラが「朝から食べ物の研究を始めないで」と呆れていたのだが、今ではその会話が遠く感じられた。手紙を持つミオの指に、自然と力が入る。「リリアから?」向かいに座っていたカエルが尋ねた。「はい」「悪い話?」「まだ分かりません。でも、ちょっと……予想していなかったことが書いてあります」カエルはミオの手元へ視線を落としたが、読もうとはしなかった。「一人で読む?」以前なら「見せて」と言っていたかもしれない。最近の彼は、手紙が相手とミオの間にあるものだと分かるようになっている。
翌日の面談で、エレナは昨日までより早く共同会館へ来ていた。ミオが部屋へ入ったときには、すでに窓際の椅子へ座り、両手で温かい茶の杯を包んでいた。表情は決して明るくなかったが、最初の日のように扉が開くたび怯える様子はない。「おはようございます。今日は早かったんですね」「宿にいても、結局これから話すことばかり考えてしまったので、それなら早く来たほうがいいと思いまして」エレナは苦笑した。「昨夜は眠れました?」「途中で二度起きました。でも、眠れなかったわけではありません」「それなら、昨日よりは少し良かったですか?」「どうでしょう。今日お話しすることを思い出したせいで、むしろ昔の夢を見ました」そう言いながらも、エレナは「だから今日はやめたい」とは言わなかった。ミオは隣の席へ座り、今日もザラとアルクが記録役として同席すること、途中でやめても構わないことを改めて確認した。隣室ではカエルが待っているが、そのことも昨日までと変わらない。一通り確認を終えたとこ
「昨日、棺の中から誰かが叩いたような音がしたとお話ししましたよね。実は、そのあと祭司長が言った言葉を、私はずっと忘れられずにいるんです」エレナはそう言ったきり、すぐには続きを話さなかった。昨日までと同じ面談室には、ミオとエレナ、少し離れた席にザラとアルクがいる。隣室にはカエルが待機しており、こちらから呼ばないかぎり入ってこないという約束も変わっていない。ただ、今日のエレナは昨日までとは少し違っていた。怯えていないわけではない。膝の上で重ねた両手には力が入り、何度か指先を組み替えている。それでも、話したくないから逃げ道を探しているというより、ずっと胸の中に押し込めてきた記憶を、どんな順番なら他人へ渡せるのか考えているように見えた。ミオは急かさなかった。「祭司長は、何と言ったんですか?」できるだけ短く、それだけを尋ねた。エレナは一度目を閉じた。「『予定より一段早い』と」ザラの指先が、机の上に置かれた記録紙の端へ触れた。それでも書き始める前に
翌日の昼前、ミオが共同会館の面談室へ入ると、エレナは昨日より少しだけ落ち着いた顔で待っていた。もっとも、「少しだけ」である。椅子の上では両手を膝に置いているものの、指先は何度も組み替えられていたし、扉が開いた瞬間には肩が小さく跳ねた。それでも昨日のように立ち上がって何度も頭を下げることはなく、ミオの顔を見てから、ぎこちなく笑った。「おはようございます、ミオ様。昨日は……ずいぶん早く眠れました」「それならよかったです。私は逆に、寝る直前になって昨日のことを思い出してしまって、カエルに『今日はもう考えるな』って怒られました」「竜王陛下に?」「はい。自分は執務の資料を寝る前まで読むくせに、私には言うんですよ」エレナの口元が少し緩んだ。「仲がよろしいんですね」「そこを言われると、ちょっと困ります」「なぜですか?」「まだ、その……普通の夫婦とは少し違うので」「